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2018年11月30日

高齢猫の手術61(ペットロス−私の場合)

17年半独りと一匹で寄り添って暮らしてきたのでペットロスはかなり恐れていました(います)。

今までのところ、私の場合、四六時中悲しみの底にうずくまるタイプのロスではないみたいです。

ただ、『結構、大丈夫なのかな』と安心していると、ちょっとしたきっかけでドーンと喪失感が襲ってくるので油断はできません。

定位置にしていたソファー下を「息をしているかな」とのぞき込むのが習慣になっていたので、今もふとした拍子にソファー下を見ようとして、「あっ」と気が付く。

最後の2か月は私もソファーがあるリビングで寝ることが多く、今もTV見ながらうたた寝してしまい、目が覚めた瞬間にソファー下の麦生を確認しようとして、「ああ、もういないのだ」と自分に言い聞かせる。

朝ドラで福子さんが源ちゃんを抱っこしているのを視て、亡くなる二日前の「散歩」で鼻をひくつかせながら顔に当たる風を楽しんでいた麦生の横顔を思い出す(今年の夏以降、1日1回、「散歩」と称してベランダを抱っこして歩いていました)。そこで思考を止めればよいものを、「ああ、かわいかったな」と自分に追い打ちをかけてしまう。

最後になった11月24日の散歩は体温を奪われてはいけないのでひざ掛けでくるんで。そのとき、「最後のお散歩になるのだろう」と思ったことも思い出します。

ただ、悲しさがそれほど長い時間続くわけではありません。

高齢になってからの癌や腎不全だったので、2年半の闘病生活の中で少しずつ心の準備をしていました。

「いつ何があってもおかしくない」という覚悟は常にあり、殊に肺への転移がわかった9月16日以降は「これが最後になるかもしれないのだから今を大事に存分に味わおう」という意識で麦生との時を心に刻むようにしていたので、深い落ち込みの後は、「あの時、最後かもと自覚していたから今こうやって思い出すことができる。良かったな」、「苦しみから解放されて良かったね。元気に走り回っていたらいいな」と気持ちを切り替えることができています。

でも、だからと言って、「ああ、もう触れない」、「もう抱っこできない」という悲しさ(喪失感)が軽減されることはありません。失った悲しさも含めて麦生と私の繋がりだと思っています。

放っておいても日に何回かは喪失感に襲われるのだから、それ以外の時間は麦生のことを考えたり、麦生との生活を思い出したりすることはしていません。

麦生の生活周りの品々はあらかた整理がすみました。介護用品は処分し、未開封のフードやサプリメントはシッターさんがもらってくださることになりました。少しでも体に良い物をと願って買い集めた品々なので麦生をよく知るシッターさん宅の猫さんたちが引き受けてくれるのはこの上ない喜びです。

残るは開封済みの猫砂のみ。鉱物系なので自治体の粗大ゴミには出せません。業者さんに収集の見積もりをお願いしているところです。

時間がたてばたつほど整理するのが悲しくなると思い、一気に片づけました。もっとこう、寂しくなるのかと思いきや、すっきりした気分です。手元に残したのは完全に動けなくなった最後の15時間を過ごした介護用ベッドのみ。

残した理由は最後を過ごしたベッドだからというよりもその機能に着目してです。寝たきりになっても床ずれがしにくいように低反発マットと高反発マットを重ねたもので、実は瞑想するときの座布団として丁度いいことに気づいたのでした。

今年の夏くらいに寝たきりになったときのために購入しておいたのですが、麦生は一度お試し的に横になったけれど一向に使ってくれる気配はなく、爪とぎになっていました。

なのでベッドの縁の部分は爪とぎでボロボロ。高齢になってからは爪とぎの回数も減っていたので麦生がこのベッドで盛大に爪とぎをしてくれたのが飼い主として「生きている証」のようでとても嬉しかったことを思い出します。

まあ、そういう嬉しい思い出もあるベッドでもあるし、これくらいは残しておこうというところです。

(読み返して思い出しました。このベッドは2代目です。夏に購入した時点ではまだそのベッドの上で時々寝てくれていました。爪とぎもしましたけれど。ベッドの上で嘔吐してしまい、2代目を購入したのですが、そのころにはソファー下が定位置になっており、2代目は爪とぎとしてしか利用してくれなかったのでした。思い出した!)

さて、飼い主もそろそろ社会生活に復帰しなくては。プロジェクトの最終局面にも関わらず、打ち合わせの延期を寛容なお心でお許しくださったクライアント様にも報いなければなりません。

何か新しいことに挑戦したいという思いが心の奥底で「表に出たい」とウォーミングアップを始めたのも感じます。この2年半の重く、苦しく、切なかったグレーの世界に、ちょっとずつ色が着き始めた感じかな。しかもその色は昔の私の色とはちょっと違う。違う色にしたい。

こんな風に思えるのも、麦生が最後の最後まで生き切ってくれたのを目の当たりにできたこと、そして私自身も自分のできる全てを闘病と介護に注ぎ込めたという思いがあるからなんだろな。頑張ったもんね。麦生も私も。

それができる環境にあったことがとてもありがたい。九州にいる高齢の両親には心配をかけたし、娘として何もできていません。その間、義姉が両親の病院に付き添ってくださいました。本当にありがたいです。

麦生の最期の闘いの話も記録しておかなきゃなんですが。と言うのも、転移性の肺癌は発覚した時点で末期と言われていて、腎不全と比べると闘病を綴るブログはとても少ないのです。私の雑な記録でも多少は闘病中の猫さんと飼い主さんのお役に立てるはずだと思います。

「長々とペットロスの話を書いていないで早く最期の記録をアップせよ」ってとこなんですが。私の性格だと「それもこれもいい思い出」ということにしてしまう恐れもあるし。「動けなくなったのは正確には何時何分だったっけ」と考えたりはするのですが最期の闘いにきちんと向き合うのはもう少し後にしたいと思います。

それではまた。
posted by Livingrowth at 10:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 高齢猫の手術
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